親会社と子会社で役員を兼任できる?
先日、お客様より、このようなご依頼を受けました。
そこで、子会社の取締役Bさんを親会社の監査役に就任させて、兼務させることにしました。役員変更登記をお願い致します。
このような相談、実は珍しくありません。
グループ会社内では、実務上「優秀な人材を柔軟に登用したい」という理由から、役員の兼任はよく行われます。
特に子会社で長年実績のある取締役を、親会社の監査役に昇格させるというのは、ごく自然な人事戦略のようにも思えます。
ですがこのケース、たとえ登記申請をすれば形式的には受理されてしまうことがあっても、実は会社法上では「NG」とされる明確なルール違反となってしまうのです。
そもそも、なぜこの兼任が問題になるのでしょうか?
実は、会社法第335条第2項に次のように明確に規定されているのです。
会社法第335条第2項(抜粋)
監査役は、株式会社若しくはその子会社の取締役若しくは支配人その他の使用人又は当該子会社の会計参与(会計参与が法人であるときは、その職務を行うべき社員)若しくは執行役を兼ねることができない。
つまり、親会社の監査役に就任しようとする人が、子会社で取締役や代表取締役、執行役など、いわゆる「業務執行を担うポジション」に就いている場合、その兼任は法律で禁止されているということです。
この規定の目的は、ズバリ「監査の独立性」を確保することにあります。
監査役は、取締役の職務執行を監視・監査するという“社内のチェック機関”の役割を担っています。
そのため、監査役には取締役と対等かつ客観的な立場から、経営を冷静に見ていることが求められるのです。
しかし、もし監査役自身がグループ会社(子会社)で取締役として経営に深く関与していたらどうでしょうか?
・監査役が監査すべき親会社の経営判断が、子会社の経営に直接関わる可能性がある
・子会社での責任や利益が、親会社での監査判断に影響を与える可能性がある
・「自分が関わっている事業」を客観的に評価するのは、どうしても難しくなる
こうした状況では、監査役の立場が“監視する側”と“監視される側”を兼ねることになってしまい、事実上「自分で自分を監査する」構図が生じてしまいます。
これはまさに「利益相反」の状態であり、会社法はこのような状態を避けるため、親会社と子会社の間で監査役と業務執行者の兼任を禁止しているのです。
特に上場企業や大規模なグループ会社では、社内統制やコンプライアンスの観点から、こうした規定が非常に重要視されており、
兼任禁止の違反は、外部からの信頼を大きく損ねる要因にもなり得ます。
親会社と子会社の間で役員を兼任させる場面は、グループ会社ではよく見られるものです。
特に、子会社の経営状況をしっかり把握するために、親会社から役員を派遣したり、逆に実績のある子会社役員を親会社に登用したりするのは、ごく一般的な経営判断です。
しかし、その兼任が会社法上「OKなパターン」か「NGなパターン」かについては、しっかり見極める必要があります。
見落としてしまうと、せっかく登記を終えた後に法的な問題が指摘され、役員の就任が無効となるおそれもあるため要注意です。
以下に、代表的な役職の兼任パターンを整理した早見表をご紹介します。
親会社での役職 | 子会社での役職 | 兼任可否 | 解説・根拠 |
監査役 | 取締役・代表取締役・執行役・会計参与 | ❌ 不可 | 会社法335条第2項 |
監査役 | 監査役 | ✅ 可 | 形式上は可能だが独立性に注意する必要あり |
監査役 | 顧問・相談役(非役員) | ✅ 可 | 実務に関与しない前提で可能 |
取締役 | 取締役・代表取締役 | ✅ 可 | グループ企業では一般的 |
代表取締役 | 代表取締役 | ✅ 可 | 実質的支配関係を表す |
この表はあくまで基本的な組み合わせを示したもので、実際のケースでは会社の規模・業種・上場の有無・グループ内での関係性などにより、より慎重な検討が求められることもあります。
また、登記の可否と法律上の適法性は別問題であるため、「登記できたから大丈夫」という誤解には注意が必要です。
あるグループ会社で、親会社の監査役に、子会社の代表取締役であるX氏を就任させることになりました。
会社側は就任だけなら簡単だからと、急ぎ自社で役員変更登記を済ませ、法務局でも問題なく受理され、登記簿謄本にもX氏の名が記載されました。
「無事に登記が通ったからOK」と、誰もがそう思っていました。
ところが数ヶ月後、組織再編をすることになり、手続きが煩雑であることから依頼頂く事になりました。
役員一覧を確認した際にこの事実が判明したのです。
登記の審査では、提出された書類が形式上正しいかどうかだけがチェックされます。
また、法務局はどの会社がどの会社とグループ関係にあるかなど、都度調べること・把握していることはありません。
したがって、たとえ法律上の就任要件に違反していても、書類が整っていれば登記は通ってしまうこともあります。
しかし、登記が受理されたという事実は、「その役員就任が法律上正しい」という“お墨付き”ではありません。
あくまで法的な正当性は、会社法などの実体法に照らして判断されるものであり、
あとから違法性が発覚した場合には、「その登記は無効」「その役員は就任できなかった」と扱われる可能性があるのです。
グループ会社間での役員の兼任は、経営効率の面でもよくあることで、実際に多くの企業で行われています。
特に子会社で活躍している方を、親会社の役員に登用したり、親会社から人材を送り込んだりするのは、自然な流れでもあります。
ただその一方で、「グループ内だから問題ないだろう」と思っていた人事が、実は会社法のルールに引っかかるケースがあるという点には注意が必要です。
「登記が通ったから大丈夫」と思っていても、あとから指摘が入ると、見直しや訂正が必要になることも。
そうならないためにも、登記の前に“この兼任、大丈夫かな?”と確認しておくことが大切です。
小さな不安も、事前に確認するだけで大きなトラブルを防ぐことができます。
兼任や登記に少しでも迷いがあれば、是非一度、司法書士法人トラストまでご相談下さい。